リース速報

2ちゃんねるのスポーツニュース、芸能ニュースを適当にまとめてるよ。

2017年06月

1 :三毛猫 φ ★@\(^o^)/:2017/06/30(金) 16:10:38.49 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/amd.c.yimg.jp/im_siggdKT9qxtgrX2WF6BxyqKQyg---x900-y711-q90-exp3h-pril/amd/20170630-00010015-jisin-000-1-view.jpg 「今回の本で、三女の亜子が発達障がいとともに生まれたことを初めて書きました。
私は美宇という日本一の卓球女子を育てた母親と言われますが、同時に障がい者の娘を
育てた母親です。どちらも同じ子育てなんです。そのことを伝えたいと思いました」

そう語るのは、ドイツで開催された卓球世界選手権女子個人で48年ぶりの
銅メダルに輝いた平野美宇選手(17)の母・真理子さん(48)。

山梨県甲府市郊外で卓球教室「平野卓研」を営む真理子さん。娘の応援に赴いた
ドイツのホテルで、新著『美宇は、みう。』(健康ジャーナル社)の原稿を書き綴った。
その中で、三女の亜子さん(12)が発達障がいだと初告白したのだ。

「亜子は対人関係が希薄で思ったことをそのまま素直に行動に移しますから、
幼児期は『先生のお話を聞きましょう』と言われても、嫌なのですぐに向こうに行って
ダラーっとしてしまう。無理に引き戻しても逆効果。ゆっくり諭すように話して、
時間をかけてやらせました」

真理子さんが美宇選手の遠征に付き添って家を空けるのが寂しくて泣いていた亜子さんは、
6歳で「亜子も卓球やりたい」と言い出したそう。

「本人が『やる』と言うならママの私も徹底して付き合おうと。美宇もたまに実家に
戻ったときは、卓球で亜子の相手をしてくれます。亜子にとって日本代表の姉は
“雲の上”の存在。美宇から『亜子、こういう風に返すんだよ』とレッスンをしてもらうと、
『美宇ちゃんが教えてくれたよ!』って大はしゃぎ。
『ショートバウンドで打ち返したら相手に勝てるよ』と教えると、ひたむきに
一生懸命練習していました。執着心は相当なものなんです」

3姉妹でいちばん最後に卓球を始めた亜子さんは、瞬く間に頭角を現した。
昨年には小学生日本代表として海外に派遣されるまでに。「あの亜子がここまでねえ」と
真理子さん自身も驚いたという。

「大体ひとりでできるようになりましたが、頬にケチャップがついていても平気とか、
気になることもあります。少しずつゆっくり、ですね。美宇の目標は3年後(東京五輪)。
そこで金メダルを狙っています。姉妹3人、みんながんばっているのが自慢です!」

卓球一家の子育てママはそううれしそうにほほえんだ。

女性自身
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170630-00010015-jisin-soci

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1 :Egg ★@\(^o^)/:2017/06/30(金) 12:22:43.00 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/image.news.livedoor.com/newsimage/0/a/0aa0a5f3110948a0eae196f14cff8434.jpg 29日深夜放送の「じっくり聞いタロウ 〜スター近況(秘)報告〜」(テレビ東京系)で、歌手の華原朋美が、全盛期の小室ファミリー内の緊張感を明かした。

番組では、元モーニング娘。の福田明日香が18年ぶりにスタジオに登場し、当時のグループ内のメンバー関係について暴露していた。特に、リーダーだった中澤裕子とは年齢が離れすぎていたためか、ギクシャクする場面も多かったらしい。

この話には、華原も「でも、ああいったグループ、(メンバーは)みんなライバルじゃないですか」と大いに共感する様子をみせた。

華原は「私も『TK(小室哲哉)ファミリー』って名前が勝手についてて。誰が『ファミリー』って言ったんだろうって思って。誰一人ファミリーなんて思ってないですよ!」と、当時の空気間を振り返った。これには一瞬、スタジオがざわつき笑いが起こった。

また、華原は当時の仲の良かった人物について「全然いなくって。みんな(曲の)リリースの時期が近かったっていうのもありますし。1位を獲りたい気持ちがすごい。TKのプロデュースだとみんな思ってるんで。だから、みんな敵なんですよ」と、小室がミリオンヒットを連発していた当時の売上競争の厳しさを明かしたのだった。

2017年6月30日 9時13分 トピックニュース

写真
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13271615/

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1 :Egg ★@\(^o^)/:2017/06/30(金) 12:28:24.75 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/bDjHTXG.jpg “本田首相”は誕生するのか。前文部科学相で自民党の馳浩衆議院議員(56)が本紙インタビューに応じ、母校の石川・星稜高の後輩で親交のあるサッカー日本代表FW本田圭佑(31=ACミラン)について激白した。

本田はこのところ政権幹部と面会を重ね、社会問題に関しても積極的に発信している。将来の政治家転向がささやかれるなか、馳氏の見立てと2020年東京五輪に向けて浮上する“夢プラン”とは——。

 本田は昨年7月に安倍晋三首相(62)と面会。その際は「本気で一度、政治家になろうとは考えた」としつつも、将来の転身には「ない。馳さんにも『興味はないか?』と言われたので『あったんですが、今はないです』と伝えた」と政治家転身を否定した。

 ところが、最近は若者の自殺問題や先の国会でも議論された受動喫煙防止法などについてSNSで積極的に自身の考えを発信している。今月20日には麻生太郎財務相(76)とも面会。政治活動への関心はいまだ強いように映り、現役引退後の政界進出の可能性がささやかれている。

 馳氏:やっぱり本田君の真面目な取り組み、真実を的確に表現するパフォーマンスなどは(将来の首相候補)小泉進次郎さん(36)にも共通する。けれん味のなさと人に見せない努力、本当に「侍」の姿だと思います。そういう政治家が与野党にいたほうが本当は楽しい。私は(本田の政治家転身は)あると思います。オレの後継者になってほしいね。

 サッカー界から元日本代表FW釜本邦茂氏(73)がかつて参議院議員を務めたように、国政で活躍する元アスリートは多い。スピードスケートの橋本聖子氏(52)と堀井学氏(45)、バレーボールの朝日健太郎氏(41)に加え、モントリオール五輪クレー射撃代表の麻生氏ら、スポーツ界からの転身組が増えて“政治が変わる”という国民の期待も高まっている。

 馳氏:私は大臣もさせていただいたが(東京五輪)組織委員会の評議員やレスリング協会の副会長とか、政治の側面からサポートしている。橋本さんはJOC(日本オリンピック委員会)の強化本部長、堀井さんは冬(の五輪)、朝日さんは夏の経験から政策立案を支えています。

自分が経験してきたこと、知識や人脈、教養を社会に還元してほしい。そういう意味で(本田に)後継者として期待しています。別に私が辞めるという意味じゃないですけど(笑い)。

 東京五輪では選手としての活躍はもちろん、スポーツ界の代表としてさまざまな役割が期待される。例えば聖火ランナーでも、2012年ロンドン五輪ではサッカー界のスター選手、MFデービッド・ベッカム氏(42)が開催国の「顔」として大役を務めた。果たして本田が選ばれる可能性はあるだろうか。

 馳氏:名前が出たら潰れるから、サプライズじゃないと。組織委員会でリストアップしていると思うが、国民の気持ちがグッと固まるような「レジェンド」と言われる方に出ていただきたい。これは私個人、一国民の声としてね。(星稜高野球部出身の)松井(秀喜氏=43)と本田の聖火リレーは見たい。日本国民の夢ですよ。母校の同窓生としては誇りだし、世界的に活躍した選手ですから。

 サッカー界だけではなく、スポーツ界のリーダーとして「本田先生」と呼ばれる日も決して遠くはないかもしれない。

【星稜OBとして深い親交】馳氏はレスリング、本田はサッカーと競技こそ違うが、星稜高出身のアスリートとして活躍した共通点もあり現在でも親交は深い。

「昨年は、恩師の河崎(護=57、サッカー部監督)先生のご自宅が改築された時に、お祝いの会で会ったのと、本田君のお誕生日会の2回会いましたね。ピッチの中でも外でも、高校生のころから政治家だよね。彼のビジョンを示して、自らも努力する。そのことによって多くの人に影響力を与え続けていく」(馳氏)

 本田の“才能”にほれ込んでいるが、現職議員として多忙な日々を過ごしているため、日本代表で活躍する姿を生で見る機会はなかった。それでも「スマートフォンで試合展開やコメントとか、ニュースは追いかけるようにしています。東スポをいつも見ていますよ。本田君の情報は全部、東スポで仕入れていますから(笑い)」と、後輩の動向は常に気にかけている。

つづく

東京スポーツ 6/30(金) 11:00配信 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170630-00000003-tospoweb-socc

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1 :THE FURYφ ★@\(^o^)/:2017/06/30(金) 15:30:13.68 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/ZqDffkr.jpg 「ひふみん」の愛称で親しまれている将棋の加藤一二三(ひふみ)九段(77)が30日、午後3時から引退会見を行った。
現在の心境について「大変スッキリした気持ちです。これからもいままで通り、やる気を失わないで元気にこれからの
人生を歩んでいきたい」と語った。

加藤九段は20日、竜王戦ランキング戦6組昇級者決定戦の対局に臨み、高野智史四段(23)に98手で敗戦した。
出場中の全棋戦で敗退したため、規定により同日付で現役引退。通算2505局、63年間の棋士人生に幕を閉じた。

1954年8月、当時の最年少記録の14歳7カ月で史上初の中学生プロに。18歳で最速でA級八段に昇格し、
「神武以来(このかた)の天才」と、我が国始まって以来の逸材とも称された。82年の第40期名人戦では挑戦者として、
中原誠十六世名人(69)と千日手、持将棋(引き分け)を含む「十番勝負」を経験。これを4勝3敗で制し、悲願の名人位を
手にした。

盤の内外で、これほど多くの伝説を残した棋士はいない。長いネクタイがトレードマークの大食漢で、20日の対局中の
昼食も含め、食事はほぼ毎回、うな重。対局場では人工の滝を止めさせるなどあらゆる主張を通したが、全ては勝負に
かける執念。話し出すと止まらないキャラクターは、将棋界を超え愛された。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170630-00000110-spnannex-ent

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